2026年10月25日
【業際問題と法的リスク】
不動産の売却に伴う境界確定測量の現場で、不動産会社様から土地家屋調査士に対して、次ような依頼が軽くなされることがあります。
「境界確認書に印鑑をもらうついでに、越境物覚書も一緒に取得しておいてもらえませんか?」
一見すると、「同じ隣人と現地で立会うのだから、一度に手続きを済ませたほうが効率的だ」と思えるかもしれません。
しかし、「境界確認書」と「越境物覚書」は法的性質が全く異なる書類です。
土地家屋調査士の資格だけで越境物覚書の作成や権利調整まで行うことは、各士業の専門領域(いわゆる業際問題)に抵触するおそれがあります。
また、2026年1月1日に、非行政書士行為(行政書士の資格を持たない者が、報酬を得て、官公署に提出する書類や権利義務・事実証明に関する書類を作成する行為)に関して罰則規定が新設された関係で、これまでのように無資格で行政書士業務を行うことはリスクを伴います。
しかしながら、この法改正の内容は、土地家屋調査士にも不動産会社にも、いまだ十分に浸透していないように見受けられます。
そこで今回は、なぜ土地家屋調査士が単独で越境物覚書を扱えないのかについて紹介します。
土地家屋調査士ができること・できないこと
土地家屋調査士は、不動産の表示に関する登記の専門家です。土地家屋調査士法第3条に定める業務は、法務局への登記申請や測量・筆界特定に限定されており、権利関係に関する書類の作成は含まれていません。
(根拠条文)土地家屋調査士法 第3条
土地家屋調査士は、他人の依頼を受けて、次に掲げる事務を行うことを業とする。
一 不動産の表示に関する登記について必要な土地又は家屋に関する調査及び測量
二 不動産の表示に関する登記の申請手続又はこれに関する審査請求の手続についての代理
三 筆界特定の手続についての代理… (以下省略)
「越境物覚書」や「私道通行・掘削承諾書」は、隣接する土地所有者間の権利義務を定める書類です。これらは土地家屋調査士の業務範囲の外にあります。
一方、契約書・合意書・覚書といった「権利義務に関する書類」の作成おは、行政書士法第1条の3に基づき行政書士の専門業務と定められています。
(根拠条文)行政書士法 第1条の3
行政書士は、他人の依頼を受け報酬を得て、官公署に提出する書類、その他権利義務又は事実証明に関する書類(実地調査に基づく図面類を含む。)を作成することを業とする。
そのため、土地家屋調査士資格のみを持つ者が、独自に越境物覚書の文案を作成したり、隣人と撤去条件や費用負担について交渉・調整を行ったりすることは、法律上の職権を越えた行為(業際違反)となってしまいます。
ただし、当事者間に「争いのある業務」に関しては、弁護士法第72条により弁護士の独占業務とされているため、行政書士であっても対応できず、弁護士が引き継ぐ形となります。
土地家屋調査士・行政書士・弁護士のできること・できないことをまとめると次のようになります。
「いかなる名目によるかを問わず」対価を得る行為の禁止
改正前は「いかなる名目によるかを問わず」という文言がなかったため、「測量費に含めた」「サービスで行った」などの言い訳が通じる余地がありました。
しかし、改正後は、名目がどのようなものであっても報酬性が認められれば違反となります。
不動産実務でよく聞かれる以下のような言い訳は、もはや通用しません。
- ❌ 「覚書の作成費用は別途請求せず、測量費用の中に含めているから問題ない」
- ❌ 「コンサルティング料や仲介手数料の中で処理しているから無料だ」 料金の名称がどうであれ、実質的に書類作成や権利調整の対価が含まれていると判断されれば、非行政書士行為のリスクが生じます。
罰則規定の新設(1年以下の拘禁刑又は100万円以下の罰金)
2026年1月1日に施行された行政書士法により、第21条の2が新設され、業務独占侵害に対して明確な刑事罰が設けられました。
実際、2026年10月8日、行政書士資格を持たない53歳の男性が、国土交通省に提出する特殊車両通行許可申請書を静岡県内の法人から依頼を受けて作成した疑いで、行政書士法違反容疑で逮捕されたと報じられました。
注目すべきは、逮捕の対象となった行為が法改正前の2024年11月に行われた申請書類の作成であるという点です。今回の報道は、警察が実際に捜査・逮捕に動くという現実を示しており、業務範囲外の書類作成を行ってきた実務家にとって他人事ではない事案と言えます。
行政書士会も違反行為への監視・周知活動を強化しており、「非行政書士行為の防止・撲滅および情報提供窓口」と題した専用ページを設け、情報提供フォームを開設している行政書士会もあります。
(根拠条文)行政書士法 第21条の2
第19条第1項の規定に違反したときは、その違反行為をした者は、1年以下の拘禁刑又は100万円以下の罰金に処する。
まとめ:「ついで」という慣行を見直す時
不動産取引の現場では、境界確認書の取り交わしの際に「ついでに」越境物覚書を取得するという慣行が長年続いてきました。しかし、これは土地家屋調査士の業務範囲を超えた依頼であり、当事者間の紛争性の有無に応じて、行政書士または弁護士が担当すべき業務です。
行政書士資格を持たない土地家屋調査士の中には、越境物覚書の作成が業際問題に抵触することを認識しつつも、依頼を断れば今後の仕事に影響するのではという不安から、安易に引き受けてしまう方も少なくないと思います。しかし、2026年1月1日に施行された改正行政書士法により、こうした慣行を続けることの法的リスクは格段に高まっています。
私どもは土地家屋調査士と行政書士を兼業しておりますが、行政書士が対応できるのはあくまでも当事者間に紛争性のない案件に限られます。紛争性のある案件については弁護士にご対応をお引き継ぎいただくか、当事者間でお話をまとめていただく必要がございます。この点につきまして、何卒ご理解いただけますと幸いです。
関係法令・参考図書
・ 土地家屋調査士法第3条(土地家屋調査士の業務)
・ 行政書士法第1条の3(行政書士の業務)
・ 行政書士法第19条(業務の制限・非行政書士行為の禁止)
・ 行政書士法第21条の2(罰則規定)
・ 弁護士法第72条(非弁護士の法律事務の取扱い等の禁止)
・ 行政書士法コメンタール 兼子仁著


